横浜地方裁判所 昭和60年(ワ)261号 判決 1988年3月31日
第一事件原告
後藤美佳
右同事件原告
後藤宏之
右原告両名法定代理人兼右同事件原告
後藤智結子
右原告ら訴訟代理人弁護士
斉藤勘造
第二事件原告
小山郁夫
右原告訴訟代理人弁護士
猪熊重二
同
高柳馨
右両事件被告
茅ケ崎市
右代表者市長
根本康明
右被告訴訟代理人弁護士
杉浦栄一
右被告指定代理人
五島操
同
鈴木喜一郎
同
加藤幸太郎
主文
一 被告は第一事件原告後藤美佳及び同原告後藤宏之に対しそれぞれ金一一五九万六六〇円及びこれに対する昭和五八年五月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は第一事件原告後藤智結子に対し金二三一八万一三二一円及びこれに対する昭和五八年五月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え
三 被告は第二事件原告小山郁夫に対し金九三七万一六九〇円及び内金八七七万一六九〇円に対する昭和五八年五月九日から、内金六〇万円に対する本判決送達の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用はこれを二〇分し、その三を第一事件原告らの、その三を第二事件原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
六 この判決は、原告らの勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(第一事件について)
一 請求の趣旨
1 被告は原告後藤美佳及び原告後藤宏之に対しそれぞれ金二〇一九万七七二六円及びこれに対する昭和五八年五月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は原告後藤智結子に対し金三七五〇万五四五二円及びこれに対する昭和五八年五月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(第二事件について)
一 請求の趣旨
1 被告は原告小山郁夫に対し金一四三二万二九八七円及び内金一三三二万二九八七円に対する昭和五八年五月九日から、内金一〇〇万円に対する本判決送達の日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
(両事件について)
1 当事者
(一) 原告後藤美佳(以下、「原告美佳」という。)及び原告後藤宏之(以下、「原告宏之」という。)は、訴外亡後藤信也(以下、「信也」という。)の子、原告後藤智結子(以下、「原告智結子」という。)は、信也の妻である。
(二) 信也は、塗装店小山こと第二事件原告小山郁夫(以下、「原告小山」という。)から雇用され、その従業員として勤務していた。
(三) 原告小山は、昭和五八年一月六日、被告から、神奈川県茅ケ崎市柳島一二八二番地の二一所在の同市柳島ポンプ場(以下、「本件ポンプ場」という。)の、らせん型揚水用二号スクリューポンプ(以下、「本件ポンプ」という。)の塗装工事を請負つた。
(四) 訴外長谷川省三(以下、「長谷川」という。)は、被告の職員(被告市役所下水道部施設課維持係所属)であり、本件ポンプ場の管理人として、一人で、その維持、管理の業務に従事していた。
2 本件ポンプ場及び本件ポンプの構造等
(一) 本件ポンプ場は、神奈川県茅ケ崎市柳島及びその周辺の地区が低地部にあり、かつ、同地区を流れる開渠式の仲町都市下水路(通称、松尾川)が降雨等の際に溢れるので、その溢水をポンプで吸い上げてその下流に放水することを主たる目的として、被告が設営しているものである。
(二) その施設として、軽量鉄骨コンクリート造の二階建建物(以下、「本件建物」という。)と、その東側に同建物に接してそこから更に東方へ下り勾配(その最降下点における水平面からの仰角約三五度)で並列、かつ、等間隔に設置された三基のスクリューポンプ並びに吐出槽、排水路及び管理人宿舎等がある。
(三) 右三基のスクリューポンプのそれぞれの間及び両端のスクリューポンプの各外側には、コンクリート製の側壁が各スクリューポンプの前記勾配に沿つて同ポンプの最下端から最上端まで同ポンプの高さよりも約一メートル程高く構築存置されている。
(四) 本件ポンプは、右三基のスクリューポンプのうちの真ん中の一基に該当し、全体が鉄製で直径約1.5メートルの丸棒状の回転軸の部分とその表面周囲をらせん形に約一メートルの等間隔で巻き付いた格好のスクリュー型羽根の部分で構成され、右回転軸部分を含めた右羽根の直径相当部分は約三メートル、全長は約一八メートルの大きさで毎分約一八六立方メートルの揚水能力を有する。
(五) 本件ポンプの運転は、長谷川が一人で担当し、その方法は、本件建物二階の操作室に備え付けの操作盤に組み込まれている本件ポンプの電源スイッチ及び操作レバーの操作により始動回転するものである。
なお、右操作室から、本件ポンプ及びその周辺の状況を見通すことはできない構造となつている。
3 本件事故
(一) 信也及び原告小山は、昭和五八年五月九日午前九時五分ころ、本件ポンプ場において、本件ポンプの回転軸部分及びらせん形の羽根部分を直接刷毛で塗装する作業中、同ポンプが始動回転したため、これに巻き込まれ、同ポンプ周辺のコンクリート側壁等に激突するなどした(以下、「本件事故」という。)。
(二) 本件事故により、信也は、右大腿部挫滅創の傷害を負い、間もなく茅ケ崎市内の病院において失血死した。
(三) 本件事故により、原告小山は、入院加療約二か月半を要する左下腿開放骨折等の傷害を負つた。
4 責任原因
(一) 本件事故に至る経緯
(1) 原告小山らは、前記1(三)の塗装工事を、昭和五八年二月四日より同年三月二五日にわたつて施工し完成させたが(以下、「本工事」という。)工事後間もなく錆のため変色している箇所を発見したので、その手直し作業を行うことにして、同年四月中旬ころ長谷川にその旨申し入れ、同人とともに現場を見たうえの了解を得た。
(2) その約二週間後、原告小山は、長谷川に対し「材料がまだ来ていないが来たら伺います。工事中はポンプを動かさないでほしい。」旨伝えたうえ、同年五月五日に、信也及び訴外木村勝利の二名の従業員を作業に派遣し、同月八日(日曜日)には、同原告及び信也の二名が、午後三時三〇分から午後六時ころまで、本件ポンプの上塗り作業を行つた。
(3) 原告小山は、右同日午後六時ころ、塗料が不足となつたので本件ポンプ場を引き揚げるに当たり、信也とともに長谷川を訪ねて、同人に対し「今日は塗料が足りなくなつたので、これで帰ります。明日朝一番で来ますからよろしくお願いします。」と告げて帰宅した。
(4) 翌九日(本件事故当日)午前八時二〇分ころ、原告小山及び信也は、本件ポンプ場出入口に到着したが、塗料を薄めるシンナーを忘れたため、同原告は、信也に対し、「シンナーを取りに行つてくるから、先に仕事をしていてくれ。」と指示し、自宅に戻つた。
(5) その後、間もなく、信也は長谷川に対し、塗装作業に着手する旨の挨拶を行つた。
(6) 原告小山は、右同日午前八時五〇分ころ、本件ポンプ場に再来場し、すでに本件ポンプの塗装作業を始めていた信也と合流して、同作業に着手した。
(7) 一方、右前日の五月八日、長谷川は、本件建物一階の玄関ガラス戸に訴外財団法人神奈川県下水道公社の検査員渡辺俊一名義で、「水質検査のため本件ポンプ場の水を採取したいので五月九日の朝九時頃伺います。」という趣旨の張紙が貼付されているのを見て、同日水質検査員が、本件ポンプ場に来ることを知つた。
(8) 翌九日午前九時五分過ぎころ、右下水道公社の水質検査員二名が、水質検査のため本件ポンプ場に来て、長谷川に対し、採取するための水を、ポンプを作動して吸い上げ、本件ポンプ場の排水路に放出するよう依頼した。
(9) 長谷川は、右依頼に従い、間もなく、本件建物の二階操作室において、本件ポンプの電源スイッチ及び操作レバーを操作して、同ポンプを始動回転させた。
(二) 長谷川の過失(不法行為)
(1) 前記(一)の本件事故に至る経緯から、特に、本件事故の前日に、原告小山らは、長谷川に対し、「明日、朝一番で来る。」旨の告知をしていたことから、長谷川は、本件事故当日午前九時ころ、原告小山らが本件ポンプの塗装作業を既に開始していることを、予見し得べきであつたから、本件ポンプの管理者としては、原告小山らの塗装作業中に本件ポンプを始動回転させることのないよう、水質検査のため、本件事故当日にポンプを作動する必要の生じていることを、これを知らない原告小山らに事前に連絡し、また、本件ポンプを始動回転させる際には、事前に本件ポンプ及びその周辺の見回りをする等して、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を負つていた。
(2) ところが、長谷川は、前記水質検査にのみ気をとられ、原告小山らが、本件事故当日、朝一番で本件ポンプの塗装作業に来ることになつていたことを失念して、右の注意義務を怠り、漫然と、本件ポンプを始動回転させた過失により、本件事故を発生させた。
(三) 被告の使用者責任
(1) 前記1(四)のとおり、被告は、長谷川の使用者であり、長谷川は、本件ポンプの管理者であつた。
(2) 前記2(一)、4(一)(7)ないし(9)のとおり、長谷川は、被告の事業の執行につき、本件ポンプを、始動回転させたものである。
(3) したがつて、被告は、長谷川の使用者として、民法七一五条により、原告らの後記損害を賠償すべき責任を負う。(第一事件について)
5 原告美佳らの損害
第一事件原告美佳らは、本件事故により、次の損害を受けた。
(一) 逸失利益
(1) 信也の逸失利益
亡信也は、昭和一八年一二月二一日生まれで死亡当時三九歳の男子であつたから、生存していれば、三九歳から六七歳までの二八年間は就労し得たはずである。
信也の昭和五七年の給与所得は、年間金二九七万三二三一円であるが、同年中には、これに加えて、塗装業による別途収入が少なくとも、一か月金一〇万円以上あつた。
そこで、右就労可能期間中、信也は少なくとも平均賃金相当の収入を得べかりしところ、昭和五八年賃金センサス男子労働者学歴計三五歳から三九歳の年間平均賃金四四〇万八〇〇円を基礎とし、控除すべき生活費を収入の三〇パーセントの割合とし、年五分の割合による中間利息の控除につき新ホフマン方式により、死亡時における逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり、その額は金五三一一万九〇五円となる。
(計算式)
440万5800円×(1−0.3)×17.2211
=5311万905円
(28年間の新ホフマン係数は、17.2211)
(2) 相続
前記1(一)のとおり、原告美佳らは信也の相続人であるから、法定相続分として、原告美佳及び同宏之は、右信也の逸失利益のそれぞれ四分の一ずつの各金一三二七万七七二六円を、同智結子は二分の一の金二六五五万五四五二円を相続した。
(二) 慰藉料
一家の支柱であつた信也の死亡により、原告らが妻子として受けた精神的苦痛は甚大であり、これを慰藉すべき金額としては、原告智結子については金一〇〇〇万円、同美佳及び同宏之については各金五〇〇万円を下らない。
(三) 葬儀費用
原告智結子は、信也の葬儀のため、少なくとも金九〇万円を出費した。
(四) 損害の填補
原告智結子は、本件事故につき、労働者災害補償保険法により葬祭料及び遺族特別支給金合計金三四五万円の給付を受けた。
(五) 弁護士費用
原告らは、本件訴訟の提起、追行を原告ら訴訟代理人に委任し、同代理人に対し、それぞれ着手金一〇万円及び本件判決による請求認容額の一〇パーセント相当額の報酬の支払を約した。
よつて、原告美佳及び同宏之は、それぞれ金一九二万円、同智結子は金三五〇万円の弁護士費用支払義務を負担している。
(第二事件について)
6 原告小山の損害
第二事件原告小山は、本件事故により、前記3(三)のとおり受傷し、次の損害を受けた。
(一) 治療費
金五六万七一八一円
(内訳、(1)入院中金五六万五三一円、(2)通院中金六六五〇円)
(二) 付添看護費
金一八万八一一七円
(三) 入院雑費 金七万四〇〇〇円
(内訳、入院日数七四日、一日当たり金一〇〇〇円)
(四) 通院交通費 金三〇〇〇円
(内訳、通院三回、一回当たり金一〇〇〇円)
(五) 文書料 金五万一九三〇円
(六) 治療器購入費 金二三万円
(七) 休業損害
金一六九万三五〇円
(1) 原告小山の昭和五七年及び同五六年の平均所得額は、年間金四二五万五〇二〇円である。
(2) 本件事故による原告小山の休業日数は、一四五日(昭和五八年五月九日から同年九月三〇日まで)である。
したがつて休業損害額は、次の計算式のとおり、金一六九万三五〇円となる。
(計算式)
42万5020円×145/365≒169万350円
(八) 後遺障害による逸失利益
(1) 原告小山は、昭和一〇年八月二〇日生まれで、本件事故当事四七歳の男子であり、四七歳から六七歳まで二〇年間就労し、その間毎年金四二五万五〇二〇円の収入を得べきであつた。
(2) 原告小山は、本件事故による後遺障害(左足関節の運動制限、自動車損害賠償保障法施行令別表《第二条関係》第一二級の第七に該当)により、労働能力の一四パーセントを喪失した。
(3) そこで、年五分の割合による中間利息の控除について、ライプニッツ式計算法を用いて、同原告の右逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり金七四二万三七六七円となる。
(計算式)
425万5020円×0.14×12.4622
≒742万3767円
(20年間のライプニッツ係数は、12.4622)
(九) 慰藉料
(1) 入通院によるもの
金一〇八万五〇〇〇円
(イ) 入院期間七四日について一日当たり金一万円
(ロ) 通院期間六九日について一日当たり金五〇〇〇円
(2) 後遺障害によるもの
金二〇九万円
(一〇) 弁護士費用 金一〇〇万円
(一一) 損害の填補
合計金八万三五八円
(1) 高額療養費 金一万三四一円
(2) 看護料 金七万一七円
よつて、原告らは、被告に対し、使用者責任による損害賠償請求権に基づき、
一 第一事件原告美佳及び同宏之は、それぞれ請求の原因5(一)、5(二)及び5(五)の合計金二〇一九万七七二六円及びこれに対する本件事故による損害発生の日である昭和五八年五月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、
二 第一事件原告智結子を、同5(一)、5(二)及び5(三)の合計額から同5(四)を控除した残額に同5(五)を加えた額の合計金三七五〇万五四五二円及びこれに対する本件事故による損害発生の日である昭和五八年五月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、
三 第二事件原告小山は、同6(一)ないし6(一〇)の合計額から同6(二)を控除した残額金一四三二万二九八七円及び内金一三三二万二九八七円に対する本件事故による損害発生の日である昭和五八年五月九日から、内金一〇〇万円(弁護士費用)に対する弁済期の経過した後である本判決送達の日の翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、
それぞれ、求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1(一)ないし1(四)、同2(一)ないし2(五)及び同3(一)ないし3(三)の各事実は、全て認める。
2(一) 請求の原因4(一)(1)の事実は認める。なお、本件ポンプ塗装の手直し作業は、被告が指示したものではなく、また、請負契約における瑕疵担保責任条項に基づくものでもない。原告小山らが自発的に行つたものである。
(二) 同4(一)2の事実は認める。
(三) 同4(一)(3)のうち、原告小山が「明日も作業に来る」旨、長谷川に告げたことは認める。
「朝一番で来る」旨告げたことは、否認する。
右の際、長谷川は原告小山に対し、「明日来たら連絡するように。」と告げた。
(四) 同4(一)(4)の事実は認める。
(五) 同4(一)(5)の事実は否認する。従前の塗装作業の際、また、本件事故直前の五月五日及び同月八日には、長谷川に対し来場した旨事前の連絡があつたが、本件事故当日は、事前の連絡はなかつた。
(六) 同4(一)(6)ないし4(一)(9)の事実はいずれも認める。
3(一) 請求の原因4(二)(1)のうち、本件事故の前日に、原告小山らが、長谷川に対し、「明日、朝一番で来る。」旨の告知をしていたことは否認し、原告ら主張の長谷川の注意義務は争う。
長谷川は、原告小山らに対し、本件事故の前日に、「明日来たら連絡するように。」と告げていたから、本件事故当日に、原告小山らから作業開始の事前連絡がなかつた以上、長谷川としては、本件事故当時、原告小山らが既に本件ポンプの塗装作業を開始していたことは、予見できなかつた。
(二) 同4(二)(2)の事実は否認する。長谷川は、右のとおり、本件事故当日、原告小山らからの事前の連絡がないので、同人らは未だ、本件ポンプ場に来ていないものと思つていたものであり、同人らが来る予定であつたことを失念していたわけではない。
4 請求の原因4(三)(1)、(2)の各事実は、いずれも認める。同4(三)(3)は争う。
5(一) 請求の原因5(一)(1)のうち、信也の死亡時の年令及び同人の年間給与所得が金二九七万三二三一円であつたことは認め、その余の事実は否認する。
塗装工としての就労可能期間は、原告ら主張の期間より短く、また、信也には平均賃金相当の収入を得る蓋然性もなかつた。
同5(一)(2)のうち、原告らが信也の相続人であること及び法定相続分の割合は認め、その余の事実は否認する。
(二) 同5(二)の事実は否認する。本件事故の責任の大半は被害者側にあるから、過大に失する。
(三) 同5(三)の事実は否認する。葬儀費用は、原告小山が全額支出しており、原告智結子は出費していない。
(四) 同5(四)の事実は認める。
(五) 同5(五)のうち、訴訟委任契約の内容は不知。
なお、原告ら主張の弁護士費用の額は過大である。
6(一) 請求の原因6(一)ないし同6(六)の各事実は、いずれも不知。
(二) 同6(七)(1)の事実は認める。同6(七)(2)の事実は否認し、休業損害額を争う。
(三) 同6(八)及び同6(九)は、いずれも争う。
(四) 同6(一〇)は争う。額が過大である。
(五) 同6(二)の事実は不知。
三 抗弁(過失相殺)
(両事件について)
1(一) 原告小山らは、従前の塗装作業の際、また、本件事故直前の昭和五八年五月五日、同月八日には、長谷川に対し、作業を開始する事前連絡を行つていた。
(二) 長谷川は、本件事故前日、原告小山らに対し、「明日、来たら連絡するように。」と告げていた。
2 信也の過失
信也は、本件事故当日、作業を開始する旨の事前連絡を怠つた。
3 原告小山の過失
(一) 原告小山は、信也に対して、本件事故当日、作業を開始する旨の事前連絡をしたかどうか確認することを怠つた。
(二) 原告小山は、本件事故当日、作業を開始する旨の事前連絡を怠つた。
四 抗弁に対する認否
(両事件原告ら)
1 抗弁1(一)の事実は、認める。
同1(二)の事実は、否認する。
2 抗弁2の事実は、否認する。
信也は、長谷川に対し、本件事故当日、作業を開始する旨の事前連絡をしている。
3 抗弁3(一)のうち、原告小山が、信也に対して、本件事故当日、作業を開始する旨の事前連絡をしたかどうか確認していないことは、認める。
抗弁3(二)のうち、原告小山が、本件事故当日、作業を開始する旨の事前連絡をしていないことは、認める。
しかしながら、原告小山は、本件事故前日に、長谷川に対し、「明日、朝一番で来る。」旨の告知をし、翌朝の塗装作業中の本件ポンプの運転禁止措置を求めており、作業員の雇用主として、翌朝の作業における危険防止に必要な措置を、作業予定日に最も接着した時点でとつていたというべきであるから、原告小山に過失はない。
(第一事件原告ら)
4 仮に、原告小山に過失があつたとしても、信也と原告小山には、身分上ないし生活関係上の一体関係はないから、被害者側の過失にはあたらない。
なお、本件事故は、長谷川の故意にも比肩すべき重過失により惹起されたものであり、過失相殺すべき事案ではない。
第三 証拠<省略>
理由
一請求の原因1(当事者)、同2(本件ポンプ場及び本件ポンプの構造等)及び同3(本件事故)の各事実については、いずれも当事者間に争いがない。
二請求の原因4(責任原因)(一)本件事故に至る経緯)について検討する。
1 請求の原因4(一)(1)、(2)、同4(一)(4)、同4(一)(6)ないし同4(一)(9)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
2 <証拠>並びに当事者間に争いのない事実を総合すると、
(一) 原告小山は昭和五八年四月中旬ころ長谷川に本件工事の手直し作業を申し入れ、その約二週間後には同人に対し「工事中はポンプを動かさないでほしい」旨伝えたこと、
(二) 同年五月五日信也及び訴外木村勝利が本件工事の手直し作業に従事し、同月八日(日曜日)原告小山及び信也が右手直し作業に従事したこと、
(三) 原告小山は、同月八日午後六時ころ、本件ポンプ場を引き揚げるにあたり、信也とともに長谷川を訪ねて、同人に対し「今日は塗料が足りなくなつたので、これで帰ります。明日朝一番で来ますからよろしくお願いします。」と告げて帰宅したこと、「朝一番」とは午前八時二〇分ないし同八時三〇分ころまでのことを意味するのが慣例で、長谷川においても「朝一番」の意味は理解していたこと、
(四) 長谷川は同日原告小山らに対し「明日来たら連絡するように。」と告げたことはないこと、
(五) 翌九日(本件事故当日)午前八時二〇分ころ、原告小山及び信也は本件ポンプ場出入口に到達したが、シンナーを持参するのを失念したことに気付き、同原告は、信也に対し「先に仕事をしていてくれ。」と指示し、自宅に戻つたこと、
(六) そこで、信也は、一人で作業を開始したけれども同人は作業開始に当たり、長谷川に挨拶をしなかつたこと、
(七) 長谷川は、同日午前七時ころ、本件ポンプ場運転作業日誌の、同日午前の運転事項欄に、「 号機 時分から 時分まで 分間運転」とのゴム印を押すとともに、本件ポンプである二号機の「2」の数字を書き入れたこと、
(八) 長谷川は、同日午前九時五分すぎころ水質検査のために本件ポンプ場に来た神奈川県下水道公社の水質検査員の求めに応じ、水を採取するため、本件ポンプを作動させたこと、
(九) 長谷川は、本件ポンプを作動させるに当たりポンプ場の方に声をかけることも、見回ることもしないで、本件ポンプを作動させたこと、
なお、水質検査の採水のためには、本件ポンプ場の三機のポンプのうちのひとつを作動させればよく、ことさら、本件ポンプを作動させる必要はなかつたこと、
以上の事実が認められる。
被告は、原告小山が事故前日引き揚げる際、長谷川に対し「明日も来る」と述べたにすぎず、その時刻は何ら、告知されなかつた旨主張し、証人長谷川は、朝一番と言われたかどうかは記憶にない旨、右主張に沿う趣旨の供述をしており、また成立に争いのない丙第九号証には、時間は聞いていない旨の記載部分がある。
しかしながら、証人長谷川の右供述自体、記憶がない旨述べるにとどまるものであり、また、丙第九号証の右記載部分は、前顕各証拠に照らして、たやすく信用できない。
また、被告は、長谷川は、本件事故の前日に原告小山らに対し、「明日来たら連絡するように」と告げた旨主張し、証人長谷川は、被告の右主張に沿う趣旨の供述をし、また、<証拠>に照らしたやすく信用できず、他に被告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
そして、他に前認定を覆すに足りる証拠はない。
なお、証人長谷川は、本件事故直後、原告小山を救出する際、同人に対し、「何で、一言連絡しなかつたんだ。」と言つたところ、原告小山は、「悪い、悪い。」と謝つた旨供述し、前顕甲第八号証にも同趣旨の記載部分があり、また、成立に争いのない乙第一号証には、長谷川が、本件事故直後、もう一人の男(弁論の全趣旨等により、原告小山のことであることが認められる。)に対して、何か大きな声で怒つていたという趣旨の記載部分があるが、原告小山本人は、本人尋問において、「悪い、悪い。」等と言つたことはなく、また、そのような問答ができるような状況ではなかつた旨供述していること、また、<証拠>等に照らして、たやすく信用することはできず、他に、右のような問答がなされたことを認めるに足りる証拠はない。
次に、<証拠>によれば、信也は塗装職人として一〇年以上の経験を有していたこと、一般に塗装職人としては、作業開始前後に作業場の管理人等に挨拶するのが常識であること、従前の本工事期間中は、ほとんど、信也が長谷川に対して作業前後の挨拶をしていたことを認めることができるが、証人長谷川は、本件事故当日は事前の挨拶はなかつた旨供述していること、並びに<証拠>に照らすと、右事実から、直ちに、本件事故当日、信也が長谷川に対し事前連絡を行つたものと推認することはできない。
三請求の原因4(二)(長谷川の過失《不法行為》)について検討する。
以上の認定によれば、長谷川が本件ポンプを作動させた本件事故当日午前九時五分すぎころには原告小山らが本件ポンプの塗装手直し作業のため、本件ポンプ回転軸部分に立入り、右作業を実施しており、右ポンプを作動させれば、右作業中の原告小山らの身体に危害が及ぶ虞れのある状況であつたこと、そして、本件ポンプを作動させれば、原告小山らの身体に危害が及ぶ虞れのある状況にあつたことは、以下の理由により、長谷川が本件ポンプを作動するに当たり、予見することが可能であつたものと認めるを相当とする。すなわち、前記二2(三)において認定のとおり、原告小山らは本件事故前日長谷川に対し「明日、朝一番で来る。」旨連絡し、「朝一番」とは午前八時二〇分ないし三〇分を意味することは長谷川も理解していたからである。
したがつて、長谷川は本件ポンプを作動するに当たり、原告小山らの身体に危害が及ぶことを回避するため、作業中の同原告らに対し、本件ポンプを運転することを事前に連絡し、同人らを本件ポンプ周辺から立退かせるなどの措置を講じ、事故の発生を未然に防止すべき注意義務を負つていたというべきである。
しかるに、長谷川は、水質検査にのみ気をとられ、原告小山らが、本件事故当日、朝一番で本件ポンプの塗装作業に来ることになつていたことを失念して、右の注意義務を怠り、漫然と、本件ポンプを始動回転させた過失により、本件事故を発生させたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
四請求の原因4(三)(被告の使用者責任)について検討する。
請求の原因4(三)(1)、(2)の各事実は当事者間に争いがない。
右当事者間に争いのない事実に前記二、三認定の事実を併せ考えると、長谷川は被告の職員として、その職務を行うについて本件不法行為を行つたものと認めるを相当とし、右認定を覆すに足りる証拠はない。
ところで、国家賠償法一条にいう「公権力の行使」とは国又は地方公共団体がその権限に基づく統治作用としての優越的意思の発動として行う権力作用のみならず、国又は地方公共団体の非権力的作用(但し、国又は地方公共団体の純然たる私経済作用と、同法二条に規定する公の営造物の設置管理作用を除く。)もまた、包含されるものと解するのが相当である。
そこで、本件についてこれをみるに、長谷川の職務は下水路の溢水を防止するポンプ場の維持、管理を行うことであることについては前記のとおり当事者間に争いがなく、右職務は治水事業の一種であつて、純然たる私経済作用と認めることはできないので、国家賠償法一条一項が適用されると解すべきである。
したがつて、被告は民法七一五条によるのではなくて、国家賠償法一条一項により、原告らの後記損害を賠償する責任を負わなければならないというべきである。
五第一事件原告美佳らの損害について
1 請求の原因5(一)(1)(信也の逸失利益)について検討する。
(一) 信也の死亡当時の年令が三九歳であつたこと及び昭和五七年の給与所得が年間金二九七万三二三一円であつたことは、当事者間に争いがない。
(二) 原告智結子本人尋問の結果によれば、信也は、右の給与所得のほか、内職として他から仕事をとり、毎月一〇万円程度の別途収入があつたこと、昭和五八年中には独立して塗装業を営む予定があつたこと等を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 以上の(一)及び(二)によれば、信也は、生存していれば、三九歳から六七歳までの二八年間の就労可能期間中、少なくとも平均賃金相当の収入(昭和五八年賃金センサス男子労働者学歴計三五歳から三九歳の年間平均賃金四四〇万五八〇〇円)を得べかりしものと推認するを相当とする。
これを基礎として、右就労可能期間を通じて控除すべき生活費を収入の三〇パーセントの割合とし、年五分の割合による中間利息の控除について、ライプニッツ式計算法を用いて、死亡時における逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり、その額は、金四五九四万六六三四円となる。
(計算式)
440万5800円×(1−0.3)×14.8981≒4594万6634円
(28年間のライプニッツ係数は、14.8981)
2 同5(一)(2)のうち、原告美佳らが信也の相続人であること、及びその法定相続分の割合については、当事者間に争いがない。
したがつて、信也の右逸失利益を、原告美佳及び同宏之は各四分の一ずつ金一一四八万六六五八円を、同智結子は二分の一の金二二九七万三三一七円を、それぞれ相続したものと認める。
3 同5(二)慰藉料について検討する。
原告智結子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件事故により一家の支柱であつた信也を失つた原告智結子ら妻子が受けた精神的苦痛の大きさは計り知れないものがあると認められ、これを慰藉すべき金額としては、信也の妻である原告智結子については金八〇〇万円、その子である同美佳及び宏之については金四〇〇万円をもつて相当と認める。
4 同5(三)葬儀費用について検討する。
(一) 原告智結子及び原告小山各本人尋問の結果によれば、信也の葬儀費用として約一〇〇万円を原告小山が支出したこと、原告智結子は労働者災害補償保険法により葬祭料の保険給付を受けていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) 原告智結子本人は、さらに、一周忌、三回忌及び墓の費用等信也の葬儀に関連して合計三〇〇万円の費用は負担したと思う旨供述している。
しかし、右原告智結子本人の供述によつては原告智結子の支出したと称する葬儀費用が本件事故と相当因果関係にあるものとは認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがつて、本件事故と相当因果関係を有する葬儀費用としては、右(一)の約一〇〇万円及び労災保険給付をもつて相当とする。
(三) 以上により、原告智結子の請求にかかる葬儀費用は、これを被告に対し請求し得る損害として認めることができない。
5 以上により、本件事故による損害(後記の弁護士費用は除く。)の合計額は、原告美佳及び同宏之は、それぞれ金一五四八万六六五八円、原告智結子は、金三〇九七万三三一七円となる。
六第二事件原告小山の損害について
1 請求の原因6(一)(治療費)について検討する。
(一) <証拠>を総合すれば、原告小山は、本件事故による受傷の治療のため、入院期間中は、合計金五六万五三一円、通院期間中は、合計金六六五〇円の治療費を支出したこと、国民健康保険から高額療養費金一万三四一円の支給を受けたこと(請求の原因6(二)(1))を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) よつて、治療費の損害額は、次の計算式のとおり、金五五万六八四〇円と認めるのが相当である。
(計算式)
(56万531円+6650円)−1万341円=55万6840円
(三) なお、原告小山は、当初から、請求の原因6(二)(1)の支給金を控除した残額を治療費の損害額として、本訴において請求するものと解するを相当とする。
2 同6(二)(付添看護費)について検討する。
(一) <証拠>を総合すれば、原告小山は本件事故による受傷のため、付添看護費用として(受付、紹介手数料を含む)合計金一八万八一一七円を支出したこと、国民健康保険から看護料として金七万一七円の支給を受けたこと(請求の原因6(二)(2))を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) よつて、付添看護費の損害額は、右支給金を控除した残額金一一万八一〇〇円と認めるのが相当である。
(三) なお、前記1(三)と同様、原告小山は、当初から、右残額を付添看護費として本訴において請求する趣旨と解するを相当とする。
3 同6(三)(入院雑費)について検討する。
(一) <証拠>を総合すれば、原告小山は、本件事故による受傷のため、七四日間入院していたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) よつて、入院雑費の損害額は、入院一日当たり金一〇〇〇円として、七四日分合計金七万四〇〇〇円と認めるのが相当である。
4 同6(四)(通院交通費)について検討する。
(一) <証拠>によれば、原告小山は、本件事故による受傷の治療のため病院へ三回通院したことは認められるが、そのために要した交通費の額を具体的に確定する証拠はない。
(二) よつて、通院交通費の損害額は、これを認めることができない。
5 同6(五)(文書科)について検討する。
(一) <証拠>を総合すれば、原告小山は、信也の労災保険等の手続のために必要な書類の作成費用として合計金三万四〇〇〇円を支出したこと、同原告は自己の保険等の請求手続のため及び本件訴訟の証拠として使用するために必要な診断書等の作成費用として、合計金一万七九三〇円を支出したことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) 右文書科のうち、信也のために支出した費用である金三万四〇〇〇円は、原告小山の本件事故による受傷により同原告の被つた損害とは認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(三) よつて、文書科の損害額としては、金一万七九三〇円と認めるのが相当である。
6 同6(六)(治療器購入費)について検討する。
(一) <証拠>を総合すれば、原告小山は、本件事故による受傷の治療のため医師から、自分で熱風でマッサージして訓練するようにとの指示を受けたこと、右指示に従い、昭和五八年九月ころ低周波のマッサージ治療器を代金八万円位で購入したこと、ところが、右機械は効能が不十分であつたため、低周波療法と温熱療法を組み合わせた新しい治療器を代金額合計金一五万円で購入したこと、右新しい治療器は効果があり、使用しないと翌朝患部の痛みのため仕事に支障をきたすほどであること等を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) 右によれば、本件事故と相当因果関係を有する治療器購入費の損害としては、金一五万円と認めるのが相当である。
7 同6(七)(休業損害)について検討する。
(一) 同6(七)(1)の事実、すなわち、原告小山の昭和五七年及び同五六年の平均所得額が、年間金四二五万五〇二〇円であることは、当事者間に争いがない。
(二) 同6(七)(2)について検討する。
原告小山本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告小山が、本件事故後仕事を再開したのは、本件事故から約七か月経過した昭和五八年一二月初めころであることを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右事実に加え、前記3(一)において認定のとおり、原告小山は、本件事故による受傷のため七四日間入院生活をしていたこと、前記のとおり、同原告の仕事は塗装業であり、相当程度の体力を必要とすることが推認できること等を勘案すれば、本件事故による同原告の休業日数は、同原告主張の一四五日間を下らないものと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 以上により、同原告の休業損害額としては、次の計算式のとおり金一六九万三五〇円と認めるのが相当である。
(計算式)
425万5020円×145/365≒169万350円
8 同6(八)(後遺障害による逸失利益に)について検討する。
(一) 前記7(一)のとおり、原告小山の昭和五七年及び同五六年の平均所得額は、年間金四二五万五〇二〇円であり、また、弁論の全趣旨によれば、同原告は、昭和一〇年八月二〇日生まれであり、本件事故当時四七歳であつたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) <証拠>を総合すれば、原告小山の本件事故による後遺障害は、左足関節の運動可能領域が健側の運動可能領域の四分の三以下に制限されているものであり、自動車損害賠償保障法施行令別表(第二条関係)の第一二級の七に該当するものであること、同原告は右障害のため高所、特に屋根では踏張りがきかず、仕事に支障をきたしていること、障害のある左足をかばうため右足関節も悪化していること等を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 以上によれば、原告小山は、本件事故により受傷しなければ、四七歳から六七歳までの二〇年間の就労可能期間中、毎年金四二五万五〇二〇円の収入を得べかりしところ、右後遺障害により一四パーセントの割合の労働能力を喪失したものと推認するのが相当である。
これを基礎として、年五分の割合による中間利息の控除についてライプニッツ式計算法を用いて、同原告の後遺障害による逸失利益の現価を算出すると、次の計算式のとおり、その額は金七四二万三七六七円となる。
(計算式)
425万5020円×0.14×12.4622≒742万3767円
(20年間のライプニッツ係数は、12.4622)
9 同6(九)(慰藉料)について検討する。
(一) 前記3及び4のとおり、原告小山は、本件事故による受傷のため七四日間の入院生活を、退院後は三回の通院を余儀なくされたものであり、また前記8のとおりの後遺障害が残つたものである。
(二) 原告小山本人尋問の結果及び右事実並びに弁論の全趣旨によれば、同原告は、本件事故による受傷及び後遺障害により多大の精神的苦痛を受けたことが認められ、これらを慰藉すべき金額としては、金二五〇万円をもつて相当と認める。
10 以上により、本件事故による同原告の損害(後記の弁護士費用は除く。)の合計額は、金一二五三万九八七円となる。
七抗弁(過失相殺)について検討する。
1 抗弁1(一)の事実は、当事者間に争いがない。
2 同1(二)の事実は、前記二2のとおり、これを認めるに足りる証拠はない。
3 同2(信也の過失)について検討する。
(一) 前記二2認定のとおり、信也は、塗装職人として一〇年以上の経験を有しており、また、一般に、塗装職人としては、作業開始前後に作業場の管理人等に挨拶するのが常識であり、信也も、従前の本工事期間中等、これを行つてきたものである。
しかるに、前記二2認定のとおり、信也は、本件事故当日、作業を開始する旨の事前連絡をしていない。
(二) 以上の事実並びに前記本件ポンプ場及び本件ポンプの構造等、本件事故、本件事故に至る経緯等を総合して考慮すると、本件ポンプの回転軸部分及びらせん形の羽根部分を直接刷毛で塗装するという作業を行う職人としては、右作業中に同ポンプが始動回転すれば、重大な事故が発生し、作業者の生命、身体に重大な危険を生ずることを容易に予見し得たものというべく、右のような事故を防止するため、本件事故の前日の作業予告の連絡で事が足りているとはせず、本件事故当日も事前の連絡をすべきところ、信也は、この点の注意が足りなかつたものといわざるを得ない。
したがつて、前認定のとおり、本件事故の直接の原因は、長谷川の過失によるものというべきであつても、信也が、従前のとおり、本件事故当日も事前の連絡をしていれば、本件事故は容易に避け得たものというべく、信也は、本件事故の発生に相当程度寄与したものと評価せざるを得ない。
(三) 以上に加え、後記原告小山が本件事故の発生に寄与した程度、その他本件に現れた諸事情を総合して考慮すれば、信也の本件の発生に寄与した割合を三割とし、原告美佳らの損害賠償額の算定について、当事者間の公平の見地から、同原告側の過失として、それぞれ三割の過失相殺をするのが相当である。
4 同3(原告小山の過失)について検討する。
(一) 同3(一)、(二)のうち、原告小山が信也に対して、本件事故当日、作業を開始する旨の事前連絡をしたかどうか確認していないこと、及び同原告が本件事故当日、作業を開始する旨の事前連絡をしていないことは、当事者間に争いがない。
(二) そこで、原告小山は、同人が本件事故前日に、長谷川に対し、「明日、朝一番で来る。」旨の告知をし、翌朝の塗装作業中の本件ポンプの運転禁止措置を求めており、作業員の雇用主として、翌朝の作業における危険防止に必要な措置を、作業予定日に最も接着した時点でとつていたというべきであるから、同原告に過失はない旨主張するので、この点について検討する。
(三) なるほど、前記二2認定のとおり、原告小山は、本件事故前日に、長谷川に対し、「明日、朝一番で来る。」旨の告知をしており、右は、翌朝の塗装作業中の本件ポンプの運転禁止措置を求めたものとして、翌朝の作業における危険防止に必要な措置であるというべきである。
しかしながら、前記3(二)と同様に、前記本件ポンプ場及び本件ポンプの構造等、本件事故、本件事故に至る経緯を総合して考慮すると、本件ポンプの回転軸部分及びらせん形羽根部分を直接刷毛で塗装するという作業を行う職人としては、右作業中に同ポンプが始動回転すれば、重大な事故が発生し、作業者の生命、身体に重大な危険を生ずることを容易に予見し得たものというべきであるから、ことに、作業員の雇用主としては、作業員の安全を確保するためにも、右のような事故を防止するため、本件事故の前日の作業予告の連絡で、危険防止措置として、十分に事が足りているとはせず、本件事故当日も自ら事前の連絡をなし、あるいは、作業員に対し、これを指示し、確認すべきところ、原告小山は、この点の注意が足りなかつたものといわざるお得ない。
したがつて、前認定のとおり、本件事故の直接の原因は、長谷川の過失によるものというべきであつても、原告小山が、本件事故当日に自ら事前の連絡をし、あるいは信也に対しこれを指示し、確認していれば、本件事故は容易に避け得たものというべく、原告小山は、本件事故の発生に相当程度寄与したものと評価せざるを得ない。
(四) 以上に加え、前記信也が本件事故の発生に寄与した程度、その他、本件に現れた諸事情を総合して考慮すれば、原告小山の本件事故の発生に寄与した割合を三割とし、同原告の損害賠償額の算定について、当事者間の公平の見地から同原告の過失として、三割の過失相殺をするのが相当である。
5 ところで、<証拠>によれば、本件事故についての原告小山に対する業務上過失致死被告事件(被害者、信也)について、第一審は、罰金三万円の有罪判決を宣告したが(藤沢簡易裁判所昭和五八年(ろ)第九七号事件、昭和六〇年五月一四日宣告)、控訴審は、本件事故前日の長谷川に対する事前の連絡によつて、被告人(原告小山)は、作業員の雇用主として翌朝の作業における危険防止のために必要な措置を、その作業予定日に最も接着した時点ににおいてすでに執つていたものとし、業務上の注意義務の懈怠はなかつたとして、原判決を破棄し、無罪判決を宣告した(東京高等裁判所昭和六〇年(う)第八七七号事件、昭和六一年一月一六日宣告)ことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
しかしながら、民事責任(不法行為責任)は、被害者に生じた損害の填補をとおして、社会に生じた損害の合理的な負担配分という、私人間の利害の調整を中心とし、刑事責任は、行為者に対する社会的制裁を重点とする等、両者は、社会的機能、目的を異にし、また、効果の面でも、前者は損害賠償という私法上の債権債務を発生させるに止まるのに対し、後者は刑罰という強力な公権力の発動を伴うものである。
したがつて、同一の行為について、過失の有無の認定が、民事と刑事とで異なる場合もありうるものといわれなければならない(最高裁判所昭和三四年一一月二六日第一小法廷判決民集一三巻一二号一五七三頁参照)。
さらに、過失相殺における過失(民法七二二条二項)とは、必ずしも、加害者として不法行為責任を負う際の過失(民法七〇九条等)の域に達するものである必要はなく、被害者の受けた実損害額から公平の観念に基づいて減縮したものを賠償額とすることが妥当視されるような被害者の不注意、ないしは社会通念上、被害者の行為、態度が損害の発生について寄与したと評価されるものであれば足りると解するのが相当である。
以上によれば、前記のとおり、原告小山の被告に対する本件損害賠償請求において、公平の見地から過失相殺を認めることは、本件事故について同原告が刑事責任において無過失とされたこととの関係において、何ら不合理ではないというべきである。
6 被告の主張中には、前記信也の過失及び原告小山の過失をそれぞれ双方の被害者側の過失として過失相殺すべきであるという趣旨の主張を含んでいると解する余地があるので、この点について検討する。
民法七二二条二項の被害者の過失とは、単に被害者本人の過失だけでなく、被害者と身分上ないし生活関係上の一体関係にある者の過失を、被害者側の過失として包含する趣旨と解すべきであるが(最高裁判所昭和四二年六月二七日第三小法廷判決民集二一巻六号一五〇七頁参照)、右の解釈は、本来、公平の見地から、過失相殺するものを相当とする事案において、直接の被害者本人に過失を認め難い場合に、実益を有するものであつて、直接の被害者本人に過失が認められる場合には、それを過失相殺すれば足り、特段の事情のない限り、その他の被害者側の者の過失まで考慮する必要はないと解するのが相当である。
したがつて、本件においても、前記のとおり、公平の見地から被害者本人の過失をそれぞれ過失相殺すれば足り、被害者側の過失の問題として、その者の範囲等を検討する余地はないというべきである。
なお、第一事件原告らは、本件事故は長谷川の故意にも比肩すべき重過失により惹起されたものであり、過失相殺すべき事案ではない旨主張するが、前認定のとおり過失相殺するのが公平の見地から相当であつて、右主張は到底採用できない。
八1 前記五認定の第一事件原告美佳らの損害(後記の弁護士費用は除く。)の合計額から、一括して、三割の過失相殺額を控除すると、その金額は、
(一) 原告美佳及び原告宏之については、それぞれ金一〇八四万六六〇円、
(二) 原告智結子については、金二一六八万一三二一円となる。
2 右の一括して過失相殺する点について、原告美佳らは、前記慰藉料については、固有の損害を主張していると解されるところ(なお、葬儀費用も同様であるが、前記のとおり、これは認めることはできない。)、右は、本件事故による信也の被害に依存してのみ存立しうるものであるから、公平の要地から直接の被害者である信也の過失を、被害者側の過失として考慮し、同じ割合で過失相殺するのが相当である。
3 原告智結子は、損害の填補として、労災保険による給付である葬祭料及び遺族特別支給金の合計金三四五万円の控除を主張しているが(その金額の内訳は、主張立証上明らかではない。)、前記のとおり、葬儀費用の損害賠償請求は認めることはできず、また、違族特別支給金は、損害の填補を目的とするものではなく、遺族見舞金としての色彩が強く、社会福祉の増進の見地から給付されるものであつて、損害賠償額から控除すべき性質のものではないと解するのが相当であるから、結局、右主張は、損害の填補の主張としては無意味であり、単に一部請求をしたものと解するほかない。
そこで、不法行為に基づく一個の損害賠償請求権のうちの一部が、訴訟上請求されている場合に、過失相殺するにあたつては、損害賠償請求者の通常の意思を尊重し、損害の全額から過失割合による減額をし、その残額が請求額を超えないときは右残額を認容し、請求額を超えるときは、請求の全額を認容することができるものと解すべきある(最高裁判所昭和四八年四月五日第一小法廷判決民集二七巻三号四一九頁参照)。
右によれば、本件において前記1のとおり、原告智結子の損害(後記の弁護士費用は除く。)の全額から過失割合による減額をした残額(付帯請求は除く。)は、金二一六八万一三二一円であり、請求額(後記の弁護士費用及び付帯請求は除く。)金三四〇〇万五四五二円を超えないから、前記残額を認容するのが相当である。
4 前記六認定の第二事件原告小山の損害(後記の弁護士費用は除く。)の合計額から、一括して三割の過失相殺額を控除すると、その金額は金八七七万一六九〇円となる。
九弁護士費用について検討する。
1 第一事件原告美佳ら(請求の原因5(五))について
原告美佳らが本件訴訟の提起、追行を本件同原告ら訴訟代理人に委任し、それぞれ着手金一〇万円及び本件判決による請求認容額の一〇パーセント相当額の報酬の支払を約したことは、弁論の全趣旨により明らかなところ、本件事件の難易、審理経過、前記過失相殺後の本訴認容額等を考慮して、本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用の額は、原告美佳及び同宏之はそれぞれ金七五万円、同智結子は金一五〇万円とするを相当と認める。
2 第二事件原告小山(請求の原因6(一〇))について
原告小山が本件訴訟の提起、追行を本件同原告訴訟代理人に委任し、金一〇〇万円の弁護士費用の支払を約し、又は支払つたことは、弁論の全趣旨により明らかなところ、本件事件の難易、審理経過前記過失相殺後の本訴認容額等を考慮して、本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用の額は金六〇万円とするを相当と認める。
3 なお、付帯請求について、不法行為に基づく損害賠償債務は、なんらの催告を要することなく、損害の発生と同時に遅滞に陥るものと解すべきところ、不法行為と相当因果関係に立つ損害である弁護士費用の賠償債務も、当該不法行為の時に発生し、かつ、遅滞に陥るものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五八年九月六日第三小法廷判決民集三七巻七号九〇一頁参照)。
一〇結論
以上の事実によれば、本訴請求は、国家賠償法一条一項による損害賠償請求として、そのうち、
1 第一事件原告美佳及び同原告宏之については、それぞれ金一一五九万六六〇円及びこれに対する本件事故による損害発生の日である昭和五八年五月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、
2 第一事件原告智結子については、金二三一八万一三二一円及びこれに対する本件事故による損害発生の日である昭和五八年五月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、
3 第二事件原告小山については、金九三七万一六九〇円及び内金八七七万一六九〇円に対する本件事故による損害発生の日である昭和五八年五月九日から、内金六〇万円(弁護士費用)に対する弁済期の経過した後である本判決送達の日の翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、
それぞれ求める限度において理由があるから、これを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官渡邊昭 裁判官青山邦夫 裁判官青木晋)